フルトヴェングラーを断罪する人は、亡命することを少々簡単に考えすぎやいないか?DDRの話の際にも同じことを言う人がいるが。
彼は英語がしゃべれなかった。グローバル化の進んでない当時は亡命先はまったく別の世界。
当然オケも彼の理想とするものではない。そしてオケを通じてでしか彼の求める音楽は作れない。
それでも亡命した人や亡命に追い込まれた人はいるけど、それを全ての人に強制するのは酷では無いか?
観点の違いがあるのは分かるけど、俺はこれらは充分に第三帝国下での文化活動の責任を阻却する事由になると思う。
それに、当時はそもそもユダヤ人の大量虐殺やら前線での虐殺行為が全く伝わってなかったんだし。
それに他方で貧富の差をなくすという大衆社会主義的な側面からはナチは充分合格点だったし。ナチ=悪というレッテルは今から見る程明らかでもなかったと思うぞ。

むしろ倫理的に罪なのは、これに乗じて権力を取っていこうと目論んだ人たち。