>>675
「因みに」以下にポイントがあるというのはその通りかもしれない。
問題はその意味するところだ。もしカラヤンによる演奏が通俗的なものだという
ことだとすると、それはある意味ですでに人口に膾炙した評価だとも言える。
しかし1氏ほどの才能の持ち主がそのような陳腐な評論をするものだろうか?
スレタイにもなっているカラヤンへの評価がほんの数文字で絶筆となっている。
まさにそこから論旨を展開する冒頭のテーゼでありうべきこのフレーズを
投げかけるや否や、彼は突き放すように筆を絶ってしまっているのだ。
われわれ凡俗の解釈では及びもつかない深遠な思想の表現が
狙われていたと見るのが自然ではなかろうか。
然り、まだ時代は彼に追いついていないのである。

「カラヤンの指揮は、大衆的過ぎる」というこの単純かつ無機的な表現において、
果たして氏は何を言わんとしていたのだろうか…?