体育会的なスタイルでなければならないということはないでしょうが、
少なくともかつてこのスタイルが効果的であったということは言えるでしょう。

合唱というのは確かに「文化系」の活動ではありますが、きわめて身体的な
側面の強いものであり、いわば「体育」の一種とも言えます。
とくに男だけが集団を形成している男声合唱においてはこの側面が強いです。
したがって、身体的な経験を共有する「体育」としての合唱を行なっている
男声合唱団においては、体育会的なスタイルは合理的だとも言えるわけです。
これが合理的であるということは、個人主義的な傾向の弱い日本人という
メンタリティも関係しているものと思われます。

とはいえメンタリティというものは変化していきますから、いまの学生にとって
このスタイルは合理的でなくなってきているのかもしれません。
加えて、そもそも体育会的なスタイルが持っている弊害というものもあります。
一体感の裏面としての閉鎖性や保守性といった問題です。
伝統的な大学グリーではこうした問題が顕在化してきているように思いますね。

「必要なのは理論に沿った練習」という>>644さんのご意見はもっともですが、
体育会的な要素を一掃してしまうと男声合唱団の魅力も一緒になくしてしまう
危険性もあるのではないかと思います。