>>713
まずは丁寧なご返答ありがとうございます。
「関係者の事情を考慮してない」といわれる所以は理解できました。
でも「事情が許す時があるという前提で話を進める」とありましたが
これはやはり?です。と、いいますか捉え方が異なるのでは?
一ファンが楽屋訪問を考える。その際、第一前提のエチケットとして
「事情が許すときに」という前提から出発するのは当然では?
論議の結果「事情の許す時は無い」という結論になったとしても、
そういう仮説を掲げてるのが好ましくないかのようにいわれるのは
わかりません。「事情が許す時がある」と決め付けて議論を開始してるのではなく
「サービスをもしうけられるなら、それは事情の許すときだろうな。
それはいかなる時かな?極めて希かも知れないがあるかもな。」
というところから始めたまでです。
ですから「事情の許す時は無い」のであれば楽屋訪問は試みません。
だだ「事情の許す時がないかなぁ」という気持ちをもって「論議を
始めようとした事事態」を悪いかの様にいわれるのは?_です。
それからこの「事情」とは「演奏家本人」のみならず、「周囲を取り巻く環境」
もふくめて「事情の許す時」と申したつもりでしたが、どうも、そのようには
つたわっておりませんようでしたので改めて述べます。
考える事自体がいけないのでしょうか?