「楽屋に入って何をしたいのか?」
サインや写真はそれはいただければ欲しいですよ、正直。
でも、会話がしたいですね。どんな会話かは、何時、伺うかで変化するでしょう。
演奏会直後であれば、自然の流れとして、その演奏についての感想になるでしょうし。
それから678さん。「自分だけが演奏家と知り合いになりたい」
とか「道に感想の手紙を書き、送り続ける意志もないよう」とか
かってにきめないでいただきだい。一言もそんなこといってません。
知り合いになれればそれはうれしいですよ、でも、知り合いになろうとして
楽屋訪問を試みるわけじゃないですから、私は。たまたま、結果的に
知り合いになってくれるのであればそれはうれしいですが。
それから今一度「サービス」という意味の本質を再考願います。
努力して感想分を書き、それによって、演奏家からの信頼を得て、
運がよければ楽屋ホ訪問を許可される。これは悪いではないでしょう。
でもサービスっていえるんでしょうか?「これだけのことをしたから、
これだけのことを許可しよう」というのでは労働対価じゃないですか。
いや、また、ごかいされそうで、まことに申し上げにくいのですが
、そのファンがどれだけ自分(演奏家)の芸術を理解してるか、
興味をもってるか、のみを基準にサービスするかしないかを判断するのは…。
気持ちとしてはわかりますが…。どうのべれば適切なのでしょう?
混乱した文をどうかお許しください。でも、反対派の方の文面からは
「常に受け身」のオーラが感じられるのが私には不満なのです。
そうでなく、そちらからも積極的に歩みよろう、という姿勢をどうか
感じさせてください。「これとこれとこの条件をクリアしろ、話はそれからだ」
でなく「こういうときとかこういうときがOKです。他のときは遠慮してほしいな」
という前向きな表現で、です。むしろ演奏家の方のほうから「OKの時」
はいかなる状態の時か述べていただければ…。楽屋訪問を希望するファンは
その時に向かえばよいのですから…。