いかにもそれらしい外観をしているものの微妙に本質から外れている印象批評を書く人がいる。
例えば喜多尾道冬の文学青年的な批評は全くの独りよがりとしか言い様が無い。
つまらない個人的な事情で偶然感じた事を書くのではなく、真摯に音楽と向き合うことで
自ずと現れてくるある絶対的な次元で問題となるのが真の音楽批評というもの。
批評は、それが対象としている作品に対する全く新しい視点を提示し、思考の地平を
開くものとして読まれなければならない。
吉田秀和はこういったことを一般の音楽愛好家に啓蒙できた殆ど唯一の音楽評論家である。