ステレオ録音期はワルターは衰えていたのだ。円熟ではなく,恣意的な意図があった。
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ワルターのモノラル録音がステレオ録音より重視されないのは,ワルターが
あまりにも見事に狙ったとおり,物神化された社会の当然の成り行きだ。

以上が吉澤ヴィルヘルムの論法です。1990年代半ばまでなら面白いが,
今となっては,目新しいことではないな。