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1956年のザルツブルク音楽祭で、ワルター/ウィーンフィルの演奏会を聞いた
南独新聞の批評家カール・シューマンは、モーツアルトのレクイエムの演奏に
ついて次のように述べています。「ブルーノ・ワルターのもたらした大きな驚
きはレクイエムの演奏であった。彼は断固として、ロマンティシズムや神秘性
に身を委ねるようなすべての解釈を拒絶したのである。それはもはや白鳥の歌
の哀歌とか、主観的な死との対話といった問題ではなかった。ブルーノ・ワル
ターはレクイエムをカトリックの教会音楽として、また教会典礼の音楽による
解釈と捉えていた。あらゆる感傷趣味から遠く離れたところで、彼は彼自身の
大司教レクイエムを構築し、死者典礼の薄暗い威厳を呼び起こしていた。」

まあ人の聞き取り方は様々でしょうが、私自身はこの批評家と同様、ワルター
の音楽の本質は断じて感傷主義(センチメンタリズム)でないと思っています。