224 名前: 志木@宇野功(うの いさお) 投稿日: 2000/10/11(水) 15:15
平林君から聞いてはいたものの、このスレ、何というありさまであろうか。
僕がレコ芸で小澤を評価したことに、これほど反響があろうとは夢にも思わなかった。
まるで僕が、クナや朝比奈から小澤に乗り換えたかのような言いぐさではないか。
まだ雑誌も評論家も朝比奈を無視していた二十数年前、朝比奈を誉めていた評論家は僕一人だった。
あのフローリアンのブル7でさえも、出た当初はレコ芸の先生方は皆けなしていた。
誉めるは無能功芳ただ一人。
今の朝比奈人気にしても、長老指揮者を崇拝する日本の風潮に乗っかっているだけで、
本当に朝比奈の音楽を聴いて感動しているかは怪しいものだ。
他人が騒ぐからという付和雷同では困る。
その点、僕は自分の耳と感性だけを信じてここまでやってきた。
僕の勧める音楽家の良さが本当にわかる人は、自分の耳を信じていい。
例えば、カラヤンやポリーニが他の評論家をはじめ、大部分の聴衆からも絶賛されている中、
僕だけは自分の耳を信じて彼らを評価しなかった。
ここに書き込んでいる人たちの何人が、そこまで自分を信じ切れるだろうか?
最近、僕の耳は小澤の音楽性の深化をとらえた。
一聴すると、美音の洪水だけのような気がするかもしれないが、
ベートーヴェンがそうであったように、そこには、
小澤自身の苦難に打ち勝とうとする崇高な精神の戦いが見て取れるのである。
小澤の新盤には、「ベートーヴェンはこうでなくては!」と思わせる深い精神性があるのだ。
宇神君も平林君も、サイトウキネン盤とボストン響盤では、明らかな違いがあると言っている。
わかる人にはわかるのだ。
誤解しないでほしい。僕は今でもフルヴェンもクナも朝比奈も評価している。
その中に小澤を加えていいと言っているだけなのだ。
一部の心ない人たちが言っているように、
小澤のウィーン国立歌劇場音楽監督の権威になびいたわけでもなんでもない!!
「魂に響くオフ会」だか何だか知らないが、なんなら僕が出向いてもいい。
僕の話に耳を傾けて欲しい。