英語・独語等の読解力とアマゾンが普及した現在において、あの程度の
物見遊山の体験記はもはやカネを出すに値しないということ。誰も吉田の
ようなものを書く必要を感じていないのに、吉田の真似をできるもんなら
してみろ、というチャレンジは意味がない。