3冊読んでみた(部分的に斜め読みだが)。
『音楽の旅・絵の旅』にはやはり感心した。1970年代中頃にバイロイト・ベルリンを
中心にヨーロッパに旅行した時の紀行記だが、日本語が実にいい。平易で
柔らかな、文意明瞭な文章。この人の評論は、結局、吉田秀和がいろいろな
出来事(音楽、絵画とは限らない。道中のつまらないことも)に出会った際の
反応を楽しむものだ。その反応があの文体で書かれると、他に類のない作品となる。
不思議なのは、すべてが吉田という自我を経たものとして書かれながら、
その自我が妙に透明に感じられることだ。アクの強さや粘着性などは薬にしたくとも
ない。感覚と感情と思考とが、ほどよくバランスされている。ヴァーグナーの
スコアをネタに思索を繰り広げる箇所でも、思考の迷路に迷い込んだりはせず、
適当なところで切り上げられる。また、音楽・絵画作品や外界を描写する手腕は
すばらしい。客観的に、明確に、簡潔に描写する能力は、批評家にいちばん必要な
資質だろうが、吉田はそれを最高度に備えていると思った。
結局、吉田秀和のような批評家が育ったのは、時代背景のタイミングが合っていたから
ではないだろうか。彼の時代の読者層も彼を育てたのではないか。