耕の練習はひとことで言えば洗脳。
技術がどうこうというより、言葉でのせてのせて団員の気持ちを高揚させて歌わせる。

耕の練習は面白いし、自分がすごくうまくなった気分になれるけど、
技術的には様式感も和声感も身につかないと思う。
あの言葉攻めの気持ちよさを味わっちゃったら、
耕以外の指揮者じゃ歌えないだろうな。

ろくに聖書の内容も知らないくせにモテットやミサをやるし、
言葉の意味もいいかげんで、宗教曲の解釈は、ずれている。

一応、信者である自分は悲しかった。
せめて、歌う部分の詩篇くらいは読んで理解して欲しい。
日本の指揮者って、みんなあんなもんなのかな・・・。