クセナキス 二周忌
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0551名無しの笛の踊り
02/11/22 15:01ID:???レコ芸12月号、「シナファイ」日本盤は、長木氏が「推薦」、佐野氏が「準」の評価
で、合計で「準推薦盤」となりました。
「大井のピアノが荒い」と書いているのは佐野氏ですね。
【準】
クセナキスの「管弦楽作品全集III」は、《シナファイ》(一九六九)《エリダノス》
(七二)《ホロス》(八六)《キアニア》(九○)と一九六九年から九○年までのク
セナキスを鳥瞰するのによい間隔で索引が選ばれている。
《シナファイ》は、この時期のクセナキスの音楽に特徴的なマッスとしての音響の多
用な形態を扱っており、それは晩年まで変わらぬクセナキスの姿勢である。持続する
音響群や波状的に押し寄せる音響、グリッサンド、ピアノの絡まり方などに、クセナ
キスならではの面白さがある。だが大井浩明のピアノはやや荒い。《エリダノス》に
なると、前作よりデュナーミクの起伏や、時間の伸縮に注意が向かっており、聴き手に
緩急の変化の度合いを聴かせる。
クセナキスの弟子、高橋悠治の証言によると、クセナキスは数理的理論から得られた結
果をそのまま用いることはないという。演算の結果の中から、自分に気に入った部分
を取り出し、さらにそれに手を加えて最終的な形にするという。またクセナキスが京都
賞の授賞式のために九六年(ママ)に来日したとき、八○年代くらいからは、もうかつて
のようなシステマティックな作曲はしていない、と述懐していたことが印象的だった。
続く《ホロス》も《キアニア》も、世間が考えるほどシステムに従ってはいないのだ。
ここには七○年代までに得られた実に多彩な音事象が用いられている。それは奏法、楽
器法、音運動の在り方、そのスピード、運動の方向性、等々多岐にわたっている。オー
ケストラの音響の雲という五○年代からの思考は、十分熟成しているのだ。
残念ながらタマヨの指揮は、そうした音現象の変化・対照を十分に表現していない。全
体的にやや一様な、平板な演奏となっている。
〈佐野〉
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