《シュニトケ》バルト海の作曲家を聴こう《ペルト》
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0135名無しの笛の踊り
02/10/07 23:33ID:???例えば、クセナキスなどは、そういった例としてうってうけの作曲家だと
思うが。「前衛」としての活動の中で、クセナキスは己の音楽性を結晶化
していったわけだが、その先に何が残ったか?それは決して無国籍なもの
ではなく、ギリシャ人にしか書けないような作品の数々だったわけだ。
同じ事は他の国の作曲家にも言えて、
日本の音楽という文脈から、柴田南雄、湯浅譲二。
アメリカ音楽の文脈からケージやフェルドマンの業績を再検討してみれば
良く分かることと思う。
私的には、「(西欧的)前衛」の成果とは、作曲家が自身の音楽性を抽象
化していく(万国で利用可能な)非常に一般的な方法論を提供したことだ
と考えている。その方法論の結果として残るのは、各作曲家が持つ最もプ
リミティブな感性だったわけだ。
12音技法を使っていても、ヒナステラの作品は、やっぱりアルゼンチン人
の音楽だし、福島和夫の作品は、やっぱり日本人にしか書けないものだっ
た。
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