>>360
>>379
1、マズアが今でも尊敬されているのは、旧東独というよりライプツィヒでだろうね。
または旧東独系の人が残っている東のメディアで。しかし、ササチュウやジョンイルと
決定的に違うのは、マズアはもはや「権力者」ではないライプツィヒで誕生日を祝って
もらっているということ。

2、ノー天気な国に暮らす者が、旧東独のような全体主義国家での人間の身の処し方
をあれこれいうべきではないというのも正論だが、あの国で生きていた他の人と比べ
ることに意味があるというのにもうなずけます。

では、マズアが東独でしたことを考えてみましょう。彼が党員ではなかったが、権力
とうまくやっていて、交通事故で最初の妻等を死なせたときもお咎めがなかったとい
うのは、本当かもしれない。しかし、マズアが89年10月9日にライプツィヒでデモ隊
と治安部隊が衝突するのを防いだこと、これも紛れもない。あの時、彼は必要とされ
た。流血を防ぐためには、仲介者が必要だった。あの国には反体制運動がなかったの
で、俄かに出現した反体制の人々のなかには、権力側にも市民にも知られた人物がい
なかった。マズアはホーネッカーと話ができたし、市民達にも知られていた。誰かが
彼を担ぎ出したか、彼が自分でその役を買って出たかはわからないが、彼の声が拡声器
から流れたことは、録音が残っているから間違いない。

マズアはこうもりだったかもしれないが、状況がどっちに転ぶかわからない段階で、彼で
なければできない役割を求められた時に、それを見事に果たした事は、尊敬に値する。困
るのは、わけもわからないで、彼を持ち上げたアメリカや日本のメディアとか「独文学者」
だ。

それでも、彼の音楽をポジティブに評価する気にはなれないなあ。