例えばマーラーはこうだ、こうあるべきだ、という
「解答」を押し付けられてしまうと、逆につまらな
くなったりするのかもね。バンスタ、くべリク、テ
ンシュテットなど、いくつもの「名解答」、名解釈
があったとしても、それらからマーラー解釈を積み
上げていく(聴きてにはある意味陳腐な作業)より
は、捉えどころのないマズアの演奏から自分のイメ
ージとしてのマーラーを探し出していくやり方に、
いわば知的関心を無意識のうちに見出しているのかも。