>>288さんに
他の方のご意見をお読み致しまして、私の言葉が足りなかった部分をお書き致します。
メンデルスゾーンのコンチェルトを「音楽的に弾けているかどうかは別の話となりますが。」と仰ってらっしゃるところがとても気になったんです。最初にお書きすべきでした。
この曲が例えば学生音楽コンクールの小中学生の本選課題に時々選ばれている事は存じておりますが、
小中学生が未熟であっても音楽的に弾かれていらっしゃる事(コンクールに限らず、時々アクロバットに走る方もいらっしゃいますが)にはお気付きですか?
そこで気になりましたのが「音楽的」である事と、「いわゆるテクニック」は分離して考えられるのか?という事です。
「テクニック」と一言で申し上げると、恐らくヴァイオリンの場合、
左手の動き、音程、弓をどの辺りにどのような角度であてればいいのか?指板と弓の位置の関係等…という辺りに目が行くのではないかと思います(専門でありませんのでディテイルは省かせて頂きます。)。
確かにこれらは磨かなければならない「メカニカルな」テクニックの要素です。
では表現する事にテクニックは必要無いのでしょうか?
私は「楽譜を正確に読むテクニック(知識が必要です)」、「音の羅列を音楽に聴かせるテクニック(センスが必要です)」等色々なテクニックが存在すると考えます。
テクニックと言ってしまって良いのか疑問はありますが、「ステージマナー」にもテクニックは存在するでしょう。
それら全ては必ずどこかでつながっていると思います。
それらのテクニックを普通に利用すれば、ふざけて弾いていても、「音楽的に弾けていない」という状態は発生しないと思われますが…。つまり、テクニックを駆使すれば自然に音楽的になる筈なんです。
「感情を込める」という表現がありますが、「無理に込めなくても」感情という物は常に自分自身に付いてくる物ではありませんか?←これは日常生活を思い出して頂ければヒントが見つかる筈です。
以上を踏まえた上での>>273>>293>>299の書き込みです。「そんな初歩的な事知っています」とお考えでしたら、大変申し訳ございません。私のお答えはこの程度です。

それでは失礼致します。

追伸>>301必死で書きました。