1は結局、煽りに負けたわけだ。説明しよう。

煽りが煽る
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1が無視できるか否かの正念場
  ↓
結局、煽られて、クラシック=権威主義と解されても仕方ない文を書く。
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1を「兄貴」と呼び、
1を、自分の書きたいことを知的に書く人間であると思っていた人は、
その煽られて、感情的になって、失言した1の姿を見て、失望した。
  ↓
クラ板に味方はいなくなった。

百歩ゆずってクラシックが権威主義の産物だとしよう。
だとしたら、諏訪内を聴きに行く1の目的は何だ?
まさか、クラシックではないだろう。それは権威主義なのだから。
では何か?残るは、諏訪内を見に行くミーハー精神だな。
それは諏訪内という女を見てスケベ心を満足させる目的だ。
権威主義よりも低劣なスケベ心。1の正体を見たり。