僕は、標題音楽、好きだなあ。
 シュトラウスあたりの時代まで、もちろん芝居はあったけど、テレビや映画
のない時代じゃない。優れた文学を読んだ感興を他の芸術的表現にするのって、
絵と音楽くらい。
 シュトラウスの面白いところは、自分は、あらゆる現実的存在を音符で表現
することができるって思っているものすごい自信。
 実際、ティルや家庭交響曲なんて、そんな曲だし。
 「ばら」の冒頭のホルン。あのまじめな黒田恭一でさえ、「あれはカンカン
の射精の表現」と言っているくらいだから。