ワインガルトナーって、1927年にウィーンフィルの常任を辞任した時には、
二度と戻ってこないと言い残してスイスのバーゼルに引っ込んだのに、それ
から6年ほどして、クレメンス・クラウスがウィーンフィルの専任指揮を退
き、続けて国立歌劇場の総監督も辞任すると、またのこのこウィーンに戻っ
て、そのままこの2つのポストを手に入れてしまうのだね。でも、ウィーン
フィルの方は、常任指揮者を置かないという方針を断固貫いたし、国立歌劇
場の監督も方も、わずか20か月の任期で終わってしまうのだね。まあ、そ
れで彼は日本に来る気になった訳だけれども。