>>56
 ペライアの問題は、総括すると今までのモーツァルトの演奏の歴史
を引きずっている点にあると自分は思っています。つまり楽譜を忠実に
ピアノソナタを演奏する考えがあるのに、あれほど素晴らしい演奏が
できるのに、なぜモーツァルトに関して引きずる必要があるのか?という点
です。グールドはバッハにせよ、ハイドンにせよ、それを徹底して
壊して考えている。私はその点に価値があると思うのです(個人的な
好みでは、その結果はアウトだと思っていますが)。
 また、多くのアーティストは、本当に「広める」ことにメリットを感じている
のかどうかは不明です。例えば、チェリビダッケは音だけ媒体に残すのを
嫌っていたし。自分の媒体に残す考えは、>>66のとおりです。ただ現実には
そういかないのが本当でしょうね。(契約している会社との関係上等で)
残したくなくても残さないといけないし、残したくても残せない場合もあるし。
 ペライアのモーツァルトのピアノ・ソナタですが、未だに1枚なのは、
それなりに理由があるからだと思います(売れない以外に)。私が推測
するにその1枚をつくったのは、「広める」ためではなく、「ある時点の
自分なりの見方」を提示しただけだと思うのですが(色々な意味で)?

 どちらにせよ、自分の汚い文章は見なおしたほうがいいですね。
自分の文章が汚かったので、56の方を初めとしてそう思ったのでしょうが、
今までの私の主張は「これはだめだ!」ではなく、「それはよしとして、
自分はこうこう考えるし、だからこういうのがいい」というものでした。
それを汚く書いたから対立するのも当然かな?と思いました。