>>52
楽器に関して:
 例えばなぜラトルはハイドンの交響曲を演奏する時に、オリジナル楽器の
アプローチで演奏したのでしょうか?
 それは楽器がどうであれ、「ハイドンがどう考え、どういう感性で音楽を
作ったのか」その主張が重要だと踏んだからだと思います。当時の楽器を
使ったり勉強するのは、その当時の作曲者の意図や考えを十分に理解する
一つの手段であり、究極の手段というわけではないということです。
 古楽器のスペシャリストであるアーノンクールが、現代楽器のオケを振る
のは多少違いますが(かなり豊かな表現力をその曲では求めていたとか随分
曖昧な主張ですたね)、基本は同じだと思います。
楽器以外の面:
 演奏家というのは本来、その作品に潜む作曲者の思い考え意図を
十分に表現するのが最も重要であって、例えばピアノ協奏曲がこうだから、
ピアノ・ソナタはこう演奏しないといけないとか、もっと主張してがんがん
演奏すべきというのは、私には外れた見方としか思えないのです。
 もっともこれがライブであれば、「即興的な演奏だな」「彼としてはこういう
演奏なんだろうな」と思うだけで終わるのでしょうが、CDとして公表し残す限り
、その作品の問題点等を考慮に入れた上で、その作品そのものを生かすのが義務だ
と思います。
 ペライアはそれが外れているということであり、ブレンデルは作曲者の当時の
考え方理念意図を前提に演奏した方がいいと思ったのだと思います。ブレンデル
が凄いのはその考えをライブで徹底して演奏している点であり(アプローチも
ギーゼキングより徹底しているし、うまいし・・・)、それは他のピアニストに
ない、凄い点だと思います。
 私の文章が冷静でなかったためか^^;)、52の方は主張を混在しているよう
ですが、そういう前提で語っているので、その点は理解してください。どちら
にせよ、自分にとってブレンデルは偉大なピアニストだということで終わって
しまうのですが^^;)