ネット上の怒れる破壊神高本秀行様様
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0356名無しの笛の踊り
02/10/08 23:41ID:???公理に反した勝手な屁理屈を「婆理」といったのである)を喋々する紳士たちの名言は、しばらく措いて
論じないとして、誠実なる人がしきりに叫んでいる公理にしても、現今の中国にあっては、善人を救助す
ることができないばかりでなく、かえって悪人を保護することにさえなっている。なぜならば、悪人が志
を得て、善人を虐待しているときには、たとい公理を叫ぶ人があっても、彼は決してきき入れはしないか
ら、叫びは単なる叫びだけに止り、善人は依然としてひどい目にあう。ところが、たまさか善人が蹶起し
た場合には、悪人は本来ならば水に落ちなければならぬところであるが、そのとき、誠実なる公理論者は
「報復するな」とか、「仁恕」とか、「悪をもって悪に抗する勿れ」とか……何だかんだとわめき出す。
すると、この時ばかりは効果てきめん、決して無駄な叫びに終わらない。善人は、なるほどその通りだと
賛成し、かくて悪人は救われる。だが救われた後は、もうかったぐらいにしか考えず、絶対に悔い改めな
どするものでない。のみならず、兎のように三つも穴をこしらえてあるし、人に取り入ることも上手だか
ら、まもなく再び勢力を盛り返してきて、前と同じように悪いことをやり出す。そのときになって公理論
者はもちろん再び大声疾呼するであろうが、こんどは耳も借すものでない。
もっとも「悪を疾むこと太だ厳し」く、「之を操ること急に過ぎ」たことこそ、漢の清流(後漢末の宦
官政治に対し、正義をとって反抗し、大量虐殺をこうむった学者群)と明の東林党(宦官魏忠賢の暗黒政
治を忌憚なく攻撃して大量虐殺をこうむった学者の集団、自ら正人君子と称して大言壮語した)とが失敗
した原因であるといって、論者は常に彼らを非難する。しかしこれは、もう一方の側が「善を疾むこと仇
のごと」くであったことを忘れているのだ。人々はそれについては一言も触れようとしないのだ。もしも
今後なお光明と暗黒とが徹底的戦闘を行いえず、正直な人間が、悪を許すことを寛容と思い誤って、いた
ずらに姑息のみを事とするならば、現在のごとき混沌状態は無限につづくことであろう。
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