>>1さん、達人の域に達したのでしょう。
私はまだそこまで行っていないので、毎回かなり注意して聴いています。
それでも聴き逃しているものが毎回出てきます。ハイドンは多分頭の回転が
とても速かった人なので、くどくどものを言うことをしない。あれよあれよ
という間に先に進む。交響曲に限って言うと、モーツァルトはちょっともう
聴けませんね・・ダルでね。弦楽四重奏はまた別なんですがね。
当時の聴衆について言うと、おそらく知っている音楽形式の幅がとても
狭かったので(バッハもあまり知らなかったはず)、ソナタ形式の細かな
違いにも敏感だったのではないか。ハイドンはソナタ形式の発展とともに
仕事をした人で、「俺が展開部だ」ぐらいに思っていたでしょう。自由自在。
102番を3つ聴き比べしてみました。ラトルですが、案外フツーのおとなしい
演奏で拍子抜け。しかし、第1楽章展開部末尾のティンパニ連打は盛り上がって
いい。よくわかってらっしゃる。クイケンはブリュッヘンと違い、バロック的
明解さが身上か? すっきり鮮明でよろしい。また聴こう。アバドは前にも
書いたとおり、表情づけが細かくてわずらわしいかも。しかしオケの音の
鮮烈さもあり、ラトルに比べて味わいが濃い。19世紀の方に傾斜してるか?