アドルノが力点を込めたのはジャズに対する批判だが、彼の死後
ジャズはクラが200年かけて発展してきた過程と比肩されるような歴史を
短期間でたどった。
それを考えると彼の批判ー特にテクニカルな面からのーは、無効である。
おそらく彼はポピュラー音楽そのものというよりは、その生産・流通・聴取の
現代資本主義商品としての側面を攻撃するあまり、
その可能性を無視してしまったのだと思う。
つまり芸術作品をその社会的存在形態から論ずるのは、ある程度意味があるとしても
かなり粗雑な議論になると言う事ではないか。

その意味から言っても、上述の中村氏の言説も同様に無効といえる。