*** クラシック音楽の病理 ***
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
クラシックが隷属を強いるのは時間構造においてだけではない。
作曲者が演奏者に対して絶対的な優位に立つことは前に触れたが、シンフォニー
オーケストラなどを見てみれば、さらに細かい優劣の順位がはっきり目に入ってくる。
即ち、客席にケツをむけて棒を振りまわすだけで音を発しない指揮者なるものが、
演奏者の中では絶対的な権力者であり、楽員たちはその奴隷、その道具にすぎない。
そして楽員の中でもひとりひとりに順位がある。つまりシンフォニーオーケストラは、
頂上に作曲者、その次に指揮者、その次にコンサートマスター・・・とずーっと来て
いちばん下に聴衆を置く、直線的なヒエラルキーのシステムだ。
そうした序列の最下位に甘んじることの代償として、クラシックの聴衆は、
ポピュラー音楽愛好者に対する優越意識を手に入れるわけだ。
0237名無しの笛の踊り
02/09/15 03:42ID:???>かなりの数の映画だって否定されなきゃいけなくなるよね。
>ゴダール、タルコフスキー、黒澤、キューブリック…こういう人たち
>はクラシック音楽をかなり引用しているよね。
>これらを否定しないとね。
単細胞だな、コイツ。
0238名無しの笛の踊り
02/09/15 03:51ID:???僕の心は病んでいます
0239230
02/09/15 03:55ID:???つか、中村は黒沢、北野映画はつまらん、って言ってましたよね。
キューブリックなんか嫌いそうだな。きっと。
ラヴィシャンカールなんか、全然評価していない。10点満点でいつも
1点とか2点とかつけてた。(これ、かなり嫌悪しているということ)
>まあ、中村氏のいうような議論って、彼みたいな有閑階級に
> 任せておけばいいかなと今は思うね。
、、、、、多分一冊も著作はお読みでないご様子。
印象批判ですね。( ̄ー ̄)ニヤリ
まあ、いいんですけど。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています