>>782
「ルービンシュタインの伝えるところによると、トスカニーニは最初に全体を通じて演奏(ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番)した後で、ルービンシュタインのほうを向き、丁寧にたずねた。
『どうか第1楽章をもう一度繰り返してもらえませんか」。この楽章の演奏はうまくいっていなかったのである。ルービンシュタインは懐疑的だったが、同意した。そして、『奇跡は起こった』。
『今度は正しいテンポだったし、トゥッティの響きは必要なニュアンスをすべて備えていた。私は新たな希望を抱きながら弾き始めた…
トスカニーニはどんな小さなディテールもミスしなかった。彼は正しく、すべてのフレーズをすばらしく整えた。
彼は私の全ての強弱を尊重したし、私がほんの少しルバートをかけると、オーケストラをそれに合わせた。カデンツァの後ではぴったりのタイミングで入ってきたし、第1楽章をはなばなしく演奏しおえたのである。
…第2楽章はとてもスムーズにいった。なぜなら、この楽章はピアノとオーケストラの美しい対話でできているからである。第3楽章はたいへんうまくできて、マエストロのブラヴーラが冴えた。』
このルービンシュタインの説明を読めば、ふつうは認められていない、トスカニーニの伴奏者としてのふたつの美点を見てとることができる。すなわち、独奏者のコンセプションに合わせるときの柔軟性とすばやさである。
他ならぬトスカニーニが、明らかに自らすすんで、最初に独奏者の解釈とは一致しなかった彼自身のやり方を放棄したのである。」(モーティマ・H・フランク)

これは、あくまでルービンシュタインとの場合ですが・・・