大植氏はタングルウッドでバーンスタインに出会いなくなるまでの11年間アシスタントを務めた。
もちろんタングルウッドでのボストン響との最後の演奏会(4つの海の間奏曲、ベートーヴェンの7番)でもアシスタントをやっていた。
対して佐渡氏は同じくタングルウッドで出会い、アシスタントを務めたのは3年。
最後の公演時も日本にいた。
何故にその彼が”バーンスタイン最後の弟子”と名乗ることができるのだろう?
佐渡氏の口癖”レニーが・・・”と言うのに対して、大植氏は”先生”とか”バーンスタイン先生が”と言っている。(たまーに”レニー”というが)
11年かけてゆっくりバーンスタインの教えを受けた大植氏の音楽からから比べると、佐渡氏の音楽は安もんのスピードプリントか、カラーコピーに程度にしか感じられない。