シュトラウスの退廃趣味もフルヴェンの過剰ロマン主義も根は精神性の欠如
という点で同じ。ドイツ教養主義を盲信してただけの朝比奈に精神性など
もとよりない。

現代において真の精神性を持った指揮者、クラウディオ・アッバードが
たまにシュトラウスを採り上げるとしても、それは彼がニューイヤーズ
コンサートの指揮台に立ってヨハンの方のシュトラウスをやるのと
同じ話である。よほどの堅物以外は娯楽音楽も否定はしないのだ。