楽譜の読めないクラシック音楽ファンは?
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0659640
02/10/08 04:38ID:g8ytVQtr残してゆくに当たって、完璧なモノではないのは確かだと思われ。
んじゃ録音すれば、って事になれば、演奏するって行為の重要性が殆ど無くなってしまうんだよね。
不完全な形で残っているからこそ面白いんだけれど。
スレタイの「楽譜の読めないクラシック音楽ファンは?」ってことからすると、
>>楽譜というものは、音楽の理解のために必要なものでもなければ、
>>充分なものでもありません。
ってのは、理論の流れはともかく、あながち間違いとは言い切れないと俺は思った。
リスペクトが足りないってのは、ホントにその通りだと思うが(w
俺としては演奏家(もしくは希望)がいかにも言い出しそうなことだと、思ったりしたんだけどね。
楽譜に残されていないことに関しては、書簡を読んだり、伝聞から人となりを知ろうとしたり、
楽譜を読むこと以外の努力を行ってる名演奏家・指揮者は多いと思う。で、最終的に読譜の結果プラス、
思い込みなり、ある種の研究の成果を裏づけとし、解釈として聴衆に提示するのだろう。
極端な話、楽譜に残されているのは、音の動きと扱い方、それと速度、これぐらいだったりする。
(言いすぎかな)それらをどう音にするか、作曲家はどうして欲しいと思っているのか推し量る事は
確実に一つの理解だと思う。けれども、同時にそれだけだと何か消化不良に思えてしまう。
そもそも答えが一つであるはずが無いものなのだから、「理解」といって定義してしまうと、
それに当てはまらないことが漏れてしまうから、危険なことなのかも知れないが。
>>582氏の考える理解ならば、ある程度楽譜読めなきゃ不味いだろうねきっと。それは同意。
ただ、読めない人なりの、説明のしようも無い「理解」もきっとあるんだろうと、俺は思う。
どっちが正しいかってのは、無駄な問いだろうな。
長文レスありがとね。興味深く読ませてもらいますた。
漏れの長文は駄レスの類なんであんまし突っ込まないでくだつぁい。
それと、「喪前の理解はなんだ」って問いも勘弁してくれ・・・先に答えておくと、「わかりません」
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