そんな小難しい話じゃなく、単にドイツ人とフランス人の和声感覚が違うだけだと
思うのだが。通常のドイツ人指揮者はそれでもフランス物をやるということで、
少し作品に自分を合わせることをするが、ケーゲルはあくまで自分の音楽として
処理してしまっている。昔の巨匠世代の多くはこういうやり方だったが、1980
年代くらいで、こんなことしてたから際物扱いされた。