「水ヲクダサイ」を日本で演奏しても仕方が無い。
アメリカで演奏して、彼らの心を揺さぶらなければ意味は無い。
そして、「南京の犠牲者への哀歌」を日本人は自らの痛みとして
聴かなければ。