>>224

「カンタービレな交響曲」という表現に萌えました。

この作品が作曲された当時、例えば渡辺浦人「野人」のような作品の方が、より多くの聴衆へ訴求性を持って
迎えられたことは想像に難くない。
数多くの演奏やレコードの発売がそれを物語っている。

それらと橋本の交響曲にはどのような「差」があったというのだろうか?
やはり、戦後に東京音楽学校(芸大)を追われるような形で辞職したことが、後の彼の「扱われ方」に大きな
影を落としているのだろうか・・・
彼を”タブー視”するような風潮があったのだろうか?

いずれにしても、戦前にこのような交響曲が作曲されていたことに驚きを隠せない。
カンタービレに満ち溢れた「交響曲」と橋本國彦、監修の片山氏、NAXOS、沼尻氏、都響に感謝!