まず自分から薀蓄たれるか。私が最初に気に入ったのはホロヴィッツの弾くスケルツォの3番なのであります。
 曲の解説を見ると「不安定な前奏」とあるのですが、そこから烈烈とした第一主題に変化を遂げる様。最初だけでも聞きほれるのですよぉ。
 三連符の連続からなる激しい旋律と、あの和音と和音が微妙にずれて、合わさって、絡み合う、技巧的なリズム。作曲者も演奏者もそれはもう神業の域に近いでしょう。
 ショパンの曲で驚くべきは短調と長調との移り変わりの巧みさ。私は個人的に短調から長調に変わる部分を「開花」、長調から短調に変わる部分を「陰り」と呼んでいるのです。
 スケルツォの3番ではそれが特に出ていると思います。ひとたび変調すると曲は豹変します。ボーっとなんかしてられませんよ。気づけば周りが修羅場になっているのですから。
 波のように変調を繰り返し、曲はさらなる荒波へと移行していきます。終盤は近い。これでもか、これでもか、と言わんばかりに・・・・・・・・・。
 熱をそのままにして終曲の和音が響く。余韻を残す感ではないのですが、この恐ろしいほどの身の震えをどうすればいいというのでしょうか。結局、「また同じ曲を聞くしかない」。そう、その繰り返しだったのです。
 しかし、ホロヴィッツ以外のショパンはねぇ・・・・・。リヒテルの同曲、聞けたものじゃなかった。ルービンシュタインも。ショパンの曲で(他の作曲家をほとんど知らないだけなのですが)ホロヴィッツにかなう演奏家はいないですね。
 嘆息するに如かず。