>>633
大変おもしろいですね。

パルティータが日本で出た頃、
輸入レコード屋でたまたま彼の弦楽四重奏を見つけて聴いてみた時の事を
想いだしました。
まさかグールドが作曲するとは思ってもみなかった頃なんで、
湧く湧くしながら針を落としたんですが、甘ったるいロマン派風の作法には
正直言って『何かの間違いか』と思ったモンです。
後年、ブラームスの間奏曲を聴くに及んで『ロマンチスト・グールド』が
はっきり見えてきたんですが、パルティータの演奏での類稀な叙情性は
まだパッハそのものに潜んでいる豊穣な叙情を前人未踏の感受性で
拡大深化させたとしか考えていませんでしたから…。

グールドが自身で、作曲家になりたかったものの、挫折した旨を述べている
訳けですから、他人がとやかく言う必要も無いかも知れませんが、
敢えて『作曲家グールド』失敗の原因を問うとするならば、
思春期の『餌付け効果』としてのシェーンベルクへの偏愛と、
それに起因する『構造』信奉[12音作曲技法などは典型でしょうか]が
挙げられるんじゃないかと思いますがどうででしょうか。

そういう意味ではグールドも充分時代の刻印を付されていると思いますが、
音楽の構造把握は『音楽』ではなくて『音学』のジャンルなのに、
明晰な作品解釈を旨とする[その作曲家以上に?]演奏家になってしまった故、
『音学作品』は提示できても『音楽作品』は無理だったのかなとも思いますが。