>>375
『完全な独習者』。なんて良い響きでしょう!良く時代[19世紀]を想いだします。
決して揶揄でも皮肉でもありません。
グールドに教えて貰ったバッハのパルティータの4番の音を何とか直かに
『耳にしたい』が為だけに、ピアノに向かい、オーバチュアを必死でなぞった
ウン十年前を思いだします。

まあ、それだけグールドの演奏が底知れない魔力を秘めていると言う事を
言いたかっただけですが、ゴルトベルクにしても、その頃はランドフスカや
バルヒャ位しか知らなかったものですから、はっきりいって、別な曲かと
思った位です。[出だしの第1変奏で既にショックを受けました。]
>バロック、古典派のような『メカニック』な音楽?
>での『正確さ』『音の明瞭さ』
は将にグールドのいわんとしている事
そのものだと思います。特に『声部の明瞭さ』はグールド以外のなんぴとも
なし得なかった奇跡で、物真似は無理みたいですな。
こういった事は、専門家の『埒外』ではないものの、どうしてそうなったか
については論じていますが、どうしてそうしたかったかについては、
余り言及はないみたいですね。これは『演奏以前』の楽曲解釈、
ひいては、楽曲解釈以前のグールドの心性に対する共感なしには論じられない
からでしょうかね。
メカニックという言葉に考えてしまいました。では、あのアルペジオ風の
処理とか、[パルティータの第2番のシンフォニアの出だしからしてそうです]
ブラームスの間奏曲でのあの『ぱらぱらタッチ』もメカニックなんでしょうかね。
タッチに関して辛うじて想像できるのは、ゲートの立ち上がりと終了に関して、
尋常ならざる感覚を持っていたのではと考える他ないですな。
つまり、一音一音に全部コントロールが効いているとでも言う事でしょうか。
命日なので、今回だけは長文[駄文]ご寛恕を。