国立音大作曲科で「一発逆転」し世に出るためには、当時反アカデミズムの象徴だった
ミニマル・ミュージックにアプローチするのが手っ取り早い選択だったに違いない。
しかし近藤譲や平石博一ほどのコンセプトも持続力も持ち合わせていなかった・・・
そんなところか。