ホーナーか…。んーなんか文句つけたくなる評価だね。
メロディーメーカーの才は明らかに彼より上だから。

私的な考察では、どちらかといえば近年の弦楽を多く用いるモリコーネに近い印象。
また、彼の音楽はクラシックがベースになってて、和声の面のみでジャズの影響がある。
あまり細かなリズムに凝る人ではないよね。
そういうトコが、旋律美や和声美を求める、保守的な意味合いの映画音楽として非常に役立っている。
換言すれば、久石譲は、旋律と和声の人、という事になる。

シンセサイザーを用いて、色々と音色に凝っているようだけど、私の見解では、それほど
彼は、特質的な音色が得られている(成功している)という印象はない。
例えば、『もののけ姫』サントラのトラック1冒頭の大太鼓のような音は、グランカッサやその他色々な
打楽器を混ぜたそうだが、自己満足の域を出ていないように思われる。
坂本龍一の『パッド』みたいに、音色の面では久石譲というカラーはあまり無いだろう。

管弦楽法は、オーソドックスな編曲に留まっており、特筆して巧いという印象はない。
ただし、これは彼自身あまり興味が引かれるものでもないのだろうと感じる。
彼の管弦楽法の特徴は、あくまでも旋律を生かす点にある。
クラシックの素養を受けた人がありがちな、冒頭の旋律を動機毎に分割して音楽を構成させるような事はしない。
メインとなる旋律のカタチを留めたままで、幾つかのプロットに分けて楽曲が構成されている。
彼の音楽の敷居が低い理由はこの点にあると思う。
メインの旋律などのオイシイ部分に多くの時間が割かれていているので、音楽に慣れない人間も聴きやすいのだ。
対して、和声の心地良い複雑さも持っているので、音楽に慣れた人にとっても、拙く聴こえない。
これは坂本龍一にも共通する点だろう。

さて、皆さんはどう思いますか?