1の言っていることはわかった。
漏れなりに整理してみよう。
まず、優れたポピュラー音楽というのは、クラシック音楽の歴史が切り捨ててきたものを、独自に発展
させてきたということ。これが大事。
たとえば、マイルス・デイビスの演奏を聞いて、「汚い音」と感じてしまうクラシック的感性というの
があったりするんだけど、それはマイルスが下手だとか、あるいは類稀な即興・作曲能力があるから、
あの程度の音でもプロの一線で活動出来る、ということではない。
クラシック的感性では「汚い音」を出しているからこそ、クラシックが「美しい音」を追求している過
程で取りこぼしてきてしまった微妙なニュアンスを、音楽へこめる事がが出来る。
そういう節回しの微妙なニュアンスが、ポピュラー音楽の言語を格段に豊かにしているわけだ。ジャズ
に限らず、対象が演歌などでも同じ事。人間の声+単純な旋律から、微妙なニュアンスを際限なく生み
出していく手法として、こぶしを回すという技が確立している。それは、彼らポピュラー音楽の演奏者
が、それぞれの分野でプロフェッショナルとしてやっていくに当ってのアイデンティティを形成してい
る。もちろん、既にどなたかが指摘している即興性やアドリブの問題もある。
また、クラシックの演奏家が演奏する映画音楽が良いのは、それらが最初からクラシック音楽のスキル
を想定して書かれているから、上に書いたような問題に直面することなく、演奏することが出来ため。
それを忘れてはいけない。