>>473
>イカサマはバレなければイカサマでないってのと同義の主張に見えるけど違うのかな?

あなたが挙げる例が若干極端ですが、法治国家の大原則として悪法も法という一種の皮肉、教訓があります。
世論の存在は、厳格な法制の議論からは少々かけ離れますが、政治などの国家の運営においては多分に似ているところがあります。
大多数が支持している以上、それは正義になり得ます。それが民主主義の一つの性質です。

従って、

>一番の疑問は操り人形かどうかは世論が決めるとでも?

その通りです。世論が決めます。当然ながら個人の思想や主張の自由は認められています。
しかし、その結果での世論です。

>もう少し具体的に箇所を指摘下さい。
>あなたにとっての傀儡とは、立憲君主制の君主にも適用される形容なのでしょうか?
>からの流れのはずだけど。
>立憲君主制そのものへの設問とうけとるのは間違い?

その箇所の応答を以下に要約しましたが、あなたのいう意味が理解出来ません。

>>463・傀儡とは、立憲君主制の君主にも適用される形容なのでしょうか?
>>464・そうだ。そもそも形式的な権力者はそういう存在だ。
>>465・傀儡と呼ぶ事は不適当だ。そしてその根拠は〜(註・中略)だ。

何処が、

>何時の間にやら”立憲君主制”が”日本国の現在の憲法下”にすりかわってる

のでしょうか?
回答をお願いします。