>>464
>>449に意味を記したように、『傀儡』とは元々あまり良い意味での形容ではないので、
立憲君主制の君主を『傀儡』と呼ぶ事に多くの人は賛同しないと思いますが、それはそれで
一つのスタンスである事は確かですね。
要は、灰色を白からの尺度で見るか、黒からの尺度で見るかの違いなのかもしれませんね。

当然ながら、私自身は『傀儡』との形容には同意しませんが。

立憲君主制の君主の性質は、非常に感覚的な、個人の些細な思想の事情が絡んでいると言えます。

オーストラリアの国民が、立憲君主制から共和制への移行を拒否したのと同様に、日本の国民も
世論として象徴天皇制を支持しています。
それは、端的に皇族の存在が『傀儡』であると多くの人が認識している根拠になると思いますが、
如何でしょうか?

前述の通り、立憲君主制の君主の性質は、非常に感覚的な、個人の些細な思想の事情が絡んでいると
思いますが、現在の民主主義社会においての世論が、その存在に肯定的である以上、『傀儡』と定義するのは
むしろ不自然です。『個人の印象』に留まっていると言えます。

国民の総意に基づいている以上、日本国の意見として『傀儡』とはなり得ないのであり、国際上、他国も同様な
意見を示しています。