天皇や皇太子はどういう存在なんですか?
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0249名無しの笛の踊り
02/06/19 13:55ID:ta.if2Q2それに対して、近衛内閣も、国民党政府を対手とせず、という声明を発表しています。
政府が政府として機能していない以上、話し合うのは全く無駄だ、ということです。
中国との戦いは序盤は全く日本の勝利で勝ち進んでいきました。
日本軍は勝ち進んだ拠点に、現地人による親日政府を作りました。
つまり、満州事変によって離れた中国の心を直す為に中国に攻め込む、という考察も
出来ます。まあ、相手からすれば非常に腹立たしくナンセンスな話ですが。
南京も陥落し、日本は勝利宣言を行います。
しかし、中国側はもっと奥地に逃れ、そしてゲリラ化して日本に抵抗を続けました。
中国の背後にはアメリカが支援していました。
とまあ面倒くさくなってきたのでもう止めたいので、かなり中略します。
憲法には天皇は陸海空軍を統率する最高権力の保持者だとされていますが、
同時に、開戦の責任は、内閣が連帯で負うという事になっています。
つまり、開戦の詔は天皇の名によって行なうが、その責任は内閣が負うというややこしい
構造になっています。
大日本帝国憲法下では、全く無責任な国家運営が行なわれた、と認識する方々が
多いと思いますが、実はそれは間違った認識であって、日本はあくまで立憲君主制であった
ということです。
つまり、江戸時代から明治になる過程で、天皇の威光を大いに使ったという事もあって
天皇を持ち上げるような記述が憲法にあるのですが、実際の政治運営の場では、天皇ご自身の
力は殆どありませんでした。天皇は御名御璽の印を押すだけの存在だったのです。
しかし、形式上、通念上、天皇というものは大きい存在だった為、ご自身でもそれを演じることになります。
また、軍人が守るべき軍人勅諭にも天皇への忠誠を大きく強調しています。
これは、憲法と他の法律、実務がうまくバランスが取れている状態は良いのですが、何か一つの
均衡が崩れると、暴走を招く要因となります。
太平洋戦争に至った経緯には、これらの複雑に絡んでいます。
間違った認識による昭和天皇批判は如何なものか、と私は思っております。
これにて筆を置きます。ご質問があったら個別に答えますので何なりとどうぞ。
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