●● ブルーノ・ワルター 4 ●●
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0373名無しの笛の踊り
02/07/29 03:34ID:fa12I0NA337について
H.ブルクハウザーや O.シュトラッサーのウィーン・フィル物にも書かれてい
ますが、ウィーン・フィルおよび国立歌劇場の主要メンバーは、第1次大戦
後の楽団および劇場の経済的危機を打破するという名目もあって、1922年
と1923年のオフシーズン(7〜8月)を挟んで、非常に実入りのよい南米ブラ
ジルへの大巡業に出たのです。ワインガルトナーに率いられた第1回の巡
業はさしたる事件もなく、楽団員の好奇心も満たされ、収入的にも好成績で
大成功だったのですが、R.シュトラウスに率いられた第2回の巡業では、事
故や自殺やらで楽団員3名が死亡するという悲劇的な結果となりました。そ
れ以後、大きなリスクを伴っての海外大巡業は中止となり、オフシーズンに
欧州の周辺国を演奏旅行するという形になりました。そして、1924年と1925
年はドイツの主要都市を巡る演奏旅行が行われ、その指揮を務めたのがワ
ルター(ただし1925年はクライバーとの分担)だったのです。なお、1925年は
ワルターが初めてザルツブルク音楽祭に登場した年でもあり、上記のドイツ
演奏旅行はやや早めの6月〜7月初旬に行われ、7月下旬からはワルター
もオーケストラもザルツブルクに集結していました。
339について
1947年9月11と12日は、シューベルトの未完成とマーラーの大地の歌が演
奏されました。なお繰り返して申しますが、テノール歌手の名前はピアーズ
です。J・シュトラウスの3作品ほかが演奏されたのは、9月13日の特別演奏
会のことで、他にハイドン、モーツァルト、シューベルトの作品が演奏されま
した。詳しくは、セルヴィーニの伝記本第3巻の本文、および巻末の演奏会
記録をご覧ください。
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