もし日本人がクラシック音楽の鑑賞者として一流になれば、
それが新しい作曲家はもとより演奏家を生み育てるための豊かな母胎ともならぬはずがない。

私は先立つ「本場」より、むしろ「非本場」の日本にこそ、新しいメソッドを胎んだピアノ曲の
名作が誕生する可能性を夢見ているのである。