プーシキン歌曲集のドストエフスキーとの関係とダブル・ミーニングは昔から云われてたことだから、
今さら大声で叫ぶほどのことはないでしょう(『革命』のフィナーレにもハープのパッセージ、引用
されてるでしょ)。
しかし、第四交響曲とキーロフ暗殺は理論的説得力に欠けますなぁ。特に、フィナーレのコラールは
人々の自分(ショスタコへの)に対する裏切りの音楽的描写との意見もある。
しかし、第四交響曲には現行版とは全く異なる第1稿もあり、研究にはもっと細心の注意を払ってもらい
たい。亀山にはこの程度が限界かと。