何十人という演奏する人がいるということ、それを聴く何千人という人がいるということと、
湯浅が言う「未聴」の音響を聴きたいという「興味」の2つの次元があまりに離れ過ぎている。

今回のような作品は、演奏する人間のオーガニックな部分を剥奪しかねないリアライゼーションだと思った。
奏者は演奏していて作品に共感しているんだろうか?と何度でも尋ねてみたい。
とにかく、演奏者も聴衆も知ったことか!と言わんばかりで、閉口。

金払って聴く人が必要無いとでも言うのなら別にこっちも構わないけどね。
せいぜい自分たちで演奏会開く資金捻出して、仲間うちでマッタリと批評し合う
コンサートで盛り上がってよ。

湯浅氏は「未聴」の作品を1位に選んだと言ったが、この曲を世間一般に聴かせたら
多くの人々がステレオ・タイプな現代音楽にしか聞こえないんじゃないかな?
もしも「顕微鏡で覗くような、微細な違い」を言っているのであれば、
それこそ象牙の塔に逝ってくれだ。