「未聴感」の議論が、単に「今まで聞いた感じがあるかないか」になる
のは、避けたいですね。
それが議論としてまとまっていても、それではただの条件反射について
の議論と同じレヴェルなので。学者の業績的な論理性と、芸術について
の議論とが、同質にならないようにせねば。

「なぜ、古典の演奏の同じ録音を聴いて、新しい体験が生まれるのか」
というレベルでとらえることができれば、議論に意味が生まれると思い
ます。