「無機質」といって悪ければ、ドイツロマン派的感情表現を排した、というべきか。
感情豊かだが、その感情をロマンティックな鋳型によらずに表し得た音楽。
それはロマン派に慣れきった人にはある種無機質にも感じるかもという程度の意味。

他の例を出すと、ドラティがヴィオラ協奏曲を「ダイヤモンドのようだ」と
評したが、だからといってこの曲に感情が無いということにはなるまい。
無機物=無感情・非人間的とするのはあまりに一面的な割切りじゃないかな。