バルトーク Part2
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0445ぶだぺしゅと ◆vFvohlXU
02/09/04 17:24ID:???バルトークがリスト音楽院(当時は王立音楽院)の若い教師だったころ、
彼の前衛的(!)な作風に批判的だったフバイ教授(当時のヴァイオリンの大御所)に
対して、音楽雑誌か新聞で、ハンガリー音楽界の保守的傾向の代表格として、
攻撃してたはず。
自発的亡命についてですが、彼は根っからの研究者でもあり、亡命先のポジションは
第一に大学の研究員を探していたそうです。膨大な研究資料(ハンガリーや周辺民族の民謡)
とともに、引越したわけですが、全部は持っていけなかったので、残された研究課題について
コダーイからちょっと非難めいた手紙をもらってたと思います。もともとバルトークは、
一人で没頭するタイプだったらしく、残されたものをどう扱ったら良いのか誰も知らない…
なんていう感じだったらしいです。
(ここら辺の話題は、うろ覚えなので、専門家の校訂カキコをきぼ〜ん)
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています