136です。 >>145 なるほど。ある程度同意。
宇野もある意味で批評の典型だとは思う。「生くさい評論」とはよくいったもの。
自分のシンパをつくって闘う、というのは芸術に本質的なところがあるから。

80年代前半。カラヤン、ポリーニといえば諸手をあげて絶賛という時代には
意味があったかもしれない。でもいまやネットでもたくさんのひとが宇野と
同じことを平気で書く時代。宇野の発言自体が、日本の音楽の典型的受容に
なってしまった。これは何も考えない聴き手があほなだけだけど、宇野の
発言はマンネリの極地におちいっているのはたしか。聴き手は未だに「カリスマ」
を求めているのは判ったけども。
(宇野とおなじカラヤン批判を平気でして得意がっているあほども)

思考や文章を重視するか、結論(勝ち負け)を重視するか。今の若手の評論家は
吉田的なものと、宇野的なもののあいだでバランスをとろうとしていると
思う。